アーカイブス(国内外の新聞)
おことわり~以下にご紹介する新聞記事について
判読可能な鮮明な画像の公開は予定していません。参考文献のリストとしてご覧ください。また、英語記事の翻訳がかなり適当な状態になっていますがお許しください。
国外の記事の中で、特に朱里エイコの写真が付いた記事・広告には日付の横にマークをつけています。
掲載されていない雑誌・新聞記事等をご存知の方へ
情報をご提供いただける方は、ページ下部の【管理人にメール】よりご連絡下さい。ご協力よろしくお願いいたします。
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朝日新聞
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1964年8月12日夕刊号
アメリカへ修行に
18歳のジャズ歌手・田辺エイコ -
1968年8月8日夕刊号
TVCM時代(2) イェイェ
現代的なリズム感 売れ行きもすごい -
1973年2月15日夕刊号
公演途中で放り出し失跡
朱里エイコ 歌詞間違えて中断後
醜態に責任感じた? -
1973年2月16日号
歌えなくて窓から逃げだしたの
朱里エイコ戻る -
1977年2月1日夕刊号
表現が豊かになったお客さんにびっくり
朱里エイコ、日本公演で感想 -
2004年8月2日夕刊号
朱里エイコさん都内自宅で死去
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音楽舞踊新聞
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1967年5月5日号(上旬号)
「恋のおとし穴」広告
踊り出た!! 朱里エイコ ポップス界待望の大型歌手登場! -
1967年10月15日(中旬号)
一年半ぶりの赤坂ミュージカルに出る
堀内美紀・朱里エイコ(キング) -
1967年11月25日号(下旬号)
9・10月のミュージカル(3)
「屋根の上のバイオリン弾き」・芸術祭ミュージカル
『恋しかるらん物語』
(文・堤清伍)
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産経新聞
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2004年8月3日号
「北国行きで」ヒット 朱里エイコさん死去
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サンケイスポーツ
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2004年8月3日号
「北国行きで」大ヒット 朱里エイコさん死去
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スポーツニッポン
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1967年4月30日号
興行街はホクホク
存分にファン魅了 日本語で「五つ木の子守唄」も
アンディ・ウィリアムス公演 -
1977年11月16日号
秋晴れ…防衛大「開校記念祭」こんにちは
朱里エイコさわやかヤング(防大生たち)に敬礼
"男らしくて素敵ネ"/歌謡ショー キャンパスに響く歓声
朱里、29日にリサイタル(中野サン・プラザ)
新曲キャンペーン兼ね/P・アンカから贈られた新曲を -
2004年8月3日号
「北国行きで」が大ヒット、脚線美で魅了
朱里エイコさん急死
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スポーツ報知(報知新聞)
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1966年11月27日号
朱里エイコがリサイタル アメリカ仕込みを披露
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1966年12月1日号
小がらなからだで精力的に 朱里エイコ・リサイタル
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1967年4月21日号
「しようがないからしばらくは日本にいます」と欲のないことをいうレコード歌手が誕生。
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1967年4月29日号
振りそで姿のホステスに
アンディ、マンシーニ公演 朱里エイコと沼田奈美子 -
1974年10月4日号
よみうりランド 秋の歌謡大行進(広告)
ダ・カーポ(10/10)、城みちる(10/13)、青い三角定規/石江理世/石井まゆみ(10/20)、中村雅俊/いずみたくシンガーズ(10/27)、グレープ/朱里エイコ(11/3)、岡崎友紀(11/4)、フィンガー5(11/10) -
1983年6月8日号
朱里エイコが失跡 海外出た可能性も
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1983年6月9日号
失跡の朱里エイコ保護
すっぽかされたレストラン "損害賠償"求める -
1983年6月17日号
朱里エイコ 天才か"狂気"なのか ナゾの失跡、入院…復活は
2年前から"神がかり" 私E・Tなの
実力高く評価 クラブは再起に積極的- 奇行で有名
- 心霊手術を受けたい
- 証拠はイニシアル
- 秋メドに休ませる
記者の目
- 米国で受けたダイナマイト娘
- ビッグ意識と現実のギャップ
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2004年8月2日号
72年「北国行きで」が大ヒット
朱里エイコさん急死
16歳で渡米 ラスベガスなどで活躍 "100万ドルの脚線美"
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中日新聞
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2004年8月3日号
朱里エイコさん急死
58歳虚血性心不全
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中日スポーツ新聞(東京)
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2004年8月3日号
朱里エイコさん急死
58歳虚血性心不全
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デイリースポーツ
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1967年4月30日号
奇声で幕あけ「アンディ公演」
あでやか?着物姿も
ひばり、チエミもサービス 日本語で「五ツ木の子守歌」 -
2004年8月3日号
朱里エイコさん死去
「北国行きで」がヒット
58歳、虚血性心不全
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東京スポーツ新聞
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2004年8月3日号
朱里エイコさん急死
58歳虚血性心不全
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東京タイムズ
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1972年12月31日号
紅白歌合戦 初出場歌手の横顔
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内外タイムス
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1966年4月13日号
豪華酒店(台北)で1年間続演
フランク永井ら好評 朱里ダンサーズのショー -
1967年4月12日号
踊り子密輸出事件 朱里みさをさんは訴える
犯人扱いにガックリ 親善のつもりなのに…… -
1967年4月27日号
新人歌手 朱里みさをの愛娘
キングからデビューの朱里エイコ 待望の大型歌手 -
1967年5月7日号
プロに大モテ アンディ・ウィリアムス
美空がベタぼれ "ハクつけ"に利用 共演志願が殺到 -
1974年8月10日号
結婚で"観賞度"アップ
朱里エイコ 新曲「白い小鳩」発表
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日刊スポーツ
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1967年4月21日号
スタジオ110番 張り切る朱里エイコ
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2004年8月3日号
「北国行きで」大ヒット、"100万ドルの脚線美"
朱里エイコさん急死
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日本経済新聞
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2004年8月2日夕刊号
朱里エイコさん自宅で死去
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毎日新聞
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2004年8月2日夕刊号
「100万ドルの脚線美」朱里エイコさん急死
都内の自宅
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夕刊フジ
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1973年2月20日号
東京會舘 ヨーロッパ スプリング フェスティバル (広告)
2月27日(火) ダークダックス・ショー
2月28日(水) 朱里エイコショー
(司会) 志摩夕起夫、東京會舘ローズ・ルーム(9F) -
2004年8月3日号
朱里エイコさん急死
→朱里エイコ急死58歳、「北国行きで」ヒット (ZAKZAK 2004年8月2日)
昭和47年「北国行きで」ヒット -
2004年8月6日号
故朱里エイコ苦闘の晩年
- 「100万ドルが10円になった」脚線美
- 心臓と肝臓を患い、激太り
- 落ち込んで引退宣言の時期も
- 最後まで美脚にこだわる
- 亡くなる1週間前「仕事あったら…」
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2004年8月21日号
"甦る"朱里エイコ 根食真実「北国行きで」をカバー
→"甦る"朱里エイコ…根食真実「北国行きで」カバー (ZAKZAK 2004年8月20日)
今月中に遺骨埋葬
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読売新聞
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1993年8月24日号
朱里エイコさん宅出火
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2004年8月2日夕刊号
「北国行きで」
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Alamogordo Daily News
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1970年10月25日号
- 内容
- ニューメキシコ州アラモゴードにあったBackdoor Supper Clubでのショーの広告。
- 抄訳
- 10月26日月曜日からスタート。
共演はDICK COOPER(ドラム・トランペット)、TED WELSON(ピアノ・オルガン)、DICK PLUMMER(エレキギター)。
朱里エイコのショー、そして彼女自身は――シカゴのContinental PlazaからホノルルのOutrigger(※11月17日から再演)に至るまで、また、その間には11週にも亘ってRenoとSouth Lake TahoeのHarrah'sに、そしてサハラ・ホテル、ラスベガス・プエルトリコ・東京の一流クラブに出演してきた。――全国各地の一流のナイトクラブで認められる実力を持っている。
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1970年11月1日号
- 内容
- ニューメキシコ州アラモゴードでの出演情報と朱里エイコとそのバンドメンバーの紹介。(※事実とは異なる誇張した内容が含まれる)
- 抄訳
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Backdoor Supper Clubでは先週までのJo and Ted Yaegerに代わって朱里エイコが出演。彼女は小柄ながらも声量豊かで、新しいショーは見事なものである。
朱里エイコは日本出身。日本ではテレビ出演やコンサート活動で知られており、最近ではヒット作「Love Is Sad」のレコードの売り上げが500万枚を突破したレコード歌手でもある。8ヶ月前の渡米以来、トップクラスのラスベガスのクラブから、シカゴからハワイのホノルルまで全国の歓楽街で歌ってきた。
朱里エイコと共に出演するのは指揮・作曲・アレンジをこなすDick Cooper、ラスベガスからの参加。彼は国内外でビックバンドのリード・トランペットを勤めるほか、パーカッショニストでもある。そのほかTed Weldon(ピアノ・オルガン)やDick Plummer(ギター)がバンドに華を添える。
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Arizona Republic
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1965年8月15日号
- 見出
- Ed Sullivan Show Makes Kim Known
- 内容
- エド・サリバン・ショーで知られるKim Sisters、TVでの彼女らとクラブ・ショーで見る彼女らの芸風の違いについて。これまで共演することのなかった弟たち、Brothers Kimらと米国内をツアーする予定であることなど。(※朱里エイコが随行していたかは不明)
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1966年4月23日号
Kims SistersとBrothers Kimのテレビ出演情報(※朱里エイコが随行していたかは不明)
前述の番組表
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Henderson Home News
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1966年7月7日号
- 内容
- Riviera Hotel(ラスベガス)のStarlite Theatreでのショーの広告
- 出演
- Sarah Vaughan, Scott Smith, Brothers Kim & Eiko
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Idaho State Journal
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1970年4月29日号
- 内容
- Cactus Pete'sというカジノ・モーテルでのショーの広告
- 出演
- Eiko Shuri And The Mercenaries(Cactus Pete's), Lenny Dean(Horsehoe)
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Las Vegas Review Journal
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1965年8月27日号
- 出演情報
- EL CORTEZにThe Brothers Kim with EikoとKing Henryが出演。
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1965年8月28日号 (1)
- 内容
- EL CORTEZ HOTEL & CASINOでのショーの広告
- 出演
- The Brothers Kim with Eiko, King Henry
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1965年8月28日号 (2)
- 見出
- AT CORTEZ
- 抄訳
- 東洋から来たキュートなエイコと活動する多才なBrothers Kimは、ダウンタンにあるEL CORTEZ HOTELのVIPラウンジでの8週間に亘るショー契約のうち3週目に突入した。そのほかCathy RyanとThe Gentsらが彼らと人気を分かち合っている。
- 出演情報
- EL CORTESにBrothers Kim & EikoとCathy Ryan & The Gentsが出演。
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1965年8月29日号
- 出演情報
- EL CORTEZにThe Brothers Kim with Eikoが出演。
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1965年8月30日号
- 出演情報
- EL CORTEZにThe Brothers Kim with EikoとKing Henryが出演。
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1965年8月31日号
※1965年8月30日号と同一の紙面
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Las Vegas Sun
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1964年12月21日号
- 見出
- Vegas Daze and Nites By Ralph Pearl (WHISPERS IN THE NITE)
- 抄訳
- 来るクリスマスにはキム一家がラスベガスで活動しているのが見られるだろう。既に有名なKim Sistersは数週間に渡ってStardust Loungeで大きな演し物やっているが、今度登場するのはその兄弟たちであるthe Brothers Kimである。彼らのショーはEl Cortez Hotelのラウンジでクリスマスの夜からスタート。グループには各誌から東洋のNancy Wilsonと評判の魅力的な日本人女性歌手であるエイコが参加。キム一家の父母たちはことわざ曰く片腕の表具師より忙しく、毎日ダウンタウンへの道を飛び回ることになるだろう。
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1964年12月24日号
- 内容
- El Cortez HOTELでのショーの広告
- 詳細
- The Brothers Kim(エド・サリバン・ショーに出演)のショーは金曜よりスタート。ほかCATHY RYAN、THE GENTS、Marvelleらが出演。
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1964年12月25日号
- 内容
- El Cortez HOTELでのショーの広告
- 詳細
- The Brothers Kim(エド・サリバン・ショーに出演)のショーは今夜スタート、ほかCATHY RYAN、THE GENTS、Marvelleらが出演。
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1964年12月26日号
- 見出
- Vegas Daze and Nites By Ralph Pearl (PEOPLE, THINGS & STUFFS)
- 抄訳
- (前略) The Brothers KimのショーがEl Cortez Hotelにて昨晩から開幕。
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1964年12月30日号
- 見出
- Vegas Readies Gigantic Welcome for '65(各ホテルのショーのスケジュール)
- 抄訳
- El Cortez: Cortez RoomでCathy Ryan、The Gents、Noelle Nelsonと踊ろう。ラウンジにはBrothers Kim、Curtis LeeとStacey Adamsが出演。カバーチャージなし、ミニマムオーダーなし。
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1964年12月31日号
- 内容
- El Cortez HOTELでのショーの広告
- 詳細
- 大晦日をEl Cortez Hotel and Casinoでお祝いしましょう。無料のニューイヤーハット、記念品やお土産もあり。
Cafe Cortezではゴーゴーダンスあり、ディナーは午後5時から10時まで。10時から朝の4時まではCathy RyanやThe Gentsの音楽に合わせて踊ろう。
V.I.PラウンジではThe Brothers Kim、The Curtis Lee VとStacy Adams、Bill Rossiらが出演。カバーチャージなし、ミニマムオーダーなし。
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1965年1月1日号
- 内容
- El Cortez HOTELでのショーの広告
- 詳細
- El Cortez Goes Go-Go! Cafe CortezでGo-Goダンス。ディナーは午後5時から10時まで。10時から朝4時まではCathy Ryanとthe Gentsの音楽に合わせて踊ろう(1月1日と2日)
V.I.PラウンジではThe Brothers Kim、The Curtis Lee VとStacy Adams、Bill Rossiらが出演。カバーチャージなし、ミニマムオーダーなし。
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1965年1月2日号
- 見出
- CORTEZ STARS
- 内容
- The Brothers Kim with EikoはラスベガスのダウンタウンにあるEl Cortez HotelのV.I.Pラウンジで(観客動員の?)記録更新中。同ラウンジではThe Curtis Lee VとStacey AdamsやBill Rossiも出演中。
※写真右端の人物はRon Barronというドラマー
- 見出
- Las Vegas After Dark
- 内容
- 各ホテルの出演情報。
El Cortez: VIP Lounge―Brothers Kim; The Curtis Lee V; Stella O'Rourke, and Marvelle
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1965年1月4日号 (1)
- 見出
- SHARING
- 内容
- 写真右の人、現在El Cortez Hotel出演中のKim Brothersにドラマーとして参加しているRon Barronが、6thストリートとFremontストリート(※El Cortez Hotelのあるところ)で、ラスベガスの貧しい人々が良いクリスマスを過ごせるようにと救世軍のレッドケトルに献金しているところ。Barronに感謝しているのはベテランの救世軍士官であるRailton Sprake少佐。
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1965年1月4日号 (2)
- 見出
- RALPH PEARL VEGAS DAZE AND NITES (PEOPLE, THINGS & STUFF)
- 内容
- ※申し訳ありませんが内容が良く解りません
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1965年1月5日号
- 見出
- RALPH PEARL VEGAS DAZE AND NITES (WHISPERS IN THE NITE)
- 抄訳
- 続行中のショーのコーナー:
(中略)
必見: ダウンタウンのEl Cortezホテルでは、日本版の「Hello Dolly」と「Bei Mir Bist Du Schon(素敵なあなた)」を引っさげて驀進中のエイコの歌唱を得て、Brothers Kimが光輝いている。彼らはいろんな国の言葉で歌っ ているが、それはここラスベガス・ストリップ界隈のホテルラウンジにはごく当然なこと。また、このダウンタウンの3人兄弟やStardustホテルのラウンジでショーをやっているKim Sisters以外にも、キム一家には韓国に戻っている作曲家である兄とダンサーの姉が2人いる。
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1965年1月6日号
- 見出
- RALPH PEARL VEGAS DAZE AND NITES (PEOPLE, THINGS & STUFF)
- 抄訳
- (前略) Kim Brothersの一番下の兄弟Thison(※Tai-son)はランチとディナーにスパゲッティを食べる。(※意味不明)
- 出演情報
- 内容は1965年1月2日号と同じ。
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1965年1月9日号
- 出演情報
- 内容は1965年1月2日号と同じ。
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1965年1月11日号
- 見出
- CORTEZ STARS
- 内容
- The Brothers KimのショーはEl Cortez Hotelで1月13日まで引き続き上演中。彼らの楽しい音楽バラエティーはタナベエイコ嬢が呼び物になっている。その他、夕方から明け方までThe Curtis Lee VとStacey AdamsやBill Rossiが出演する。
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1965年1月16日号
- 見出
- RALPH PEARL VEGAS DAZE AND NITES (WHISPERS IN THE NITE)
- 抄訳
- エレーやサンフランシスコの日本人・韓国人弁護士団が、1月23日からTropicanaホテルのラウンジでスタートするBrothers Kim and Eikoのショーを観覧するようだ。(中略)エド・サリバン・ショーのタレントスカウトが番組出演の可能性をもって今夜El CortezでKim Brothersを見ることになっている。
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1965年1月21日号
- 見出
- INTRODUCING "PARDON MY FRENCH" PLUS The BROTHERS KIM with EIKO
- 内容
- ホテル・トロピカーナ内にあるTheatre Loungeでのショーの広告。PARDON MY FRENCH(作・演出:Tibor Rudas、振付:Annna Rudas, Tibor Rudas、音楽:Paul Szigety)というレビューが開幕。10:15、12:15、2:15の3回公演。
The BROTHERS KIM with EIKOは前座といった所だろうか?
※Las Vegas Strip Histrical Siteというサイト内にあるTropicana 1960 to 1965というページ内に出演者らの記述がある。
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1965年1月22日号
- 見出
- OPENING TOMORROW, INTRODUCING "PARDON MY FRENCH" PLUS The BROTHERS KIM with EIKO
- 内容
- 内容は1965年1月21日号と同じ。
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1965年1月23日号
- 見出
- OPENING TONIGHT, INTRODUCING "PARDON MY FRENCH" PLUS The BROTHERS KIM with EIKO
- 内容
- 内容は1965年1月21日号と同じ。
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1965年1月24日号
- 見出
- DELIGHT IN FLIGHT
- 内容
- The Two Lesliesによる大胆なアクロバット芸がスリリングでエキサイティングなものにしている「Pardon My French」はプロダクションが製作するタイプのショーで、ホテル・トロピカーナの新装されたTheatre Loungeで日曜から始まった。ラウンジにはその他にBrothers Kim with Eiko、Al De Paulis 4、Dubonnet Trioらが出演する。
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1965年1月25日号
- 見出
- RALPH PEARL VEGAS DAZE AND NITES (PEOPLE, THINGS & STUFF)
- 抄訳
- 土曜夜、ホテル・トロピカーナのラウンジにてオープニングにKim Brothersと共に英語版エクソダスを力強く歌うキュートな日本人エイコが必見。
- 見出
- Las Vegas After Dark
- 内容
- 各ホテルの出演情報。
TROPICANA: Tropicana Theatre Lounge―"Pardon My French"; Brothers Kim with Eiko; Al De Paulis 4; Dubbonet Trio, and Al Nichois
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1965年1月26日号 (1)
- 出演情報
- 内容は1965年1月25日号と同じ。
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1965年1月26日号 (2)
- 見出
- INTRODUCING "PARDON MY FRENCH" PLUS The BROTHERS KIM with EIKO
- 内容
- 内容は1965年1月21日号と同じ。
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1965年1月27日号
- 見出
- RALPH PEARL VEGAS DAZE AND NITES (WHISPERS IN THE NITE)
- 抄訳
- この春に大手レーベルで「Eli Eli」と「Exodus」をレコーディングするというBrothers Kimとキュートな日本人エイコに期待。
- 出演情報
- 内容は1965年1月25日号と同じ。
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1965年1月28日号
- 出演情報
- 内容は1965年1月25日号と同じ。
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1965年1月29日号
- 出演情報
- 内容は1965年1月25日号と同じ。
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1965年1月30日号
- 出演情報
- 内容は1965年1月25日号と同じ。
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1965年2月5日号
- 見出
- NEW ENTRY
- 内容
- 「Pardon My French」は、新しくなったホテル・トロピカーナのシアター・ラウンジ――国際色豊かに製作されたショーがロングランするところだった――で、そのお披露目と共にラウンジ興行というものに全く新しい風を吹き込んだ。そのラウンジの出演者の中でも見ものなのがThe Brothers Kim with Eikoである。
- 出演情報
- 内容は1965年1月25日号と同じ。
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1965年2月6日号
- 見出
- RALPH PEARL VEGAS DAZE AND NITES
- 抄訳
- Brothers Kimとグループの日本人歌姫のエイコを含む、ここラスベガスのホテルのスターらが大勢、火曜の夜に13ヶ月のロングランとなった「Hong Kong Scandals」の千秋楽を観るためミント・ラスベガスへとやってきた。
- 出演情報
- 内容は1965年1月25日号と同じ。
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1965年2月13日号 (1)
- 見出
- Telethon for Heart Fund Gets Underway at 10 p.m.
- 内容
- 心臓病支援基金(?)のための長時間番組(日本で言う24時間テレビみたいなものか)に関する記事。Brothers Kim with Eikoも出演することになっているようだ。
※紙面が収まりきらないのでレイアウトを若干改変しています。
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1965年2月13日号 (2)
- 見出
- INTRODUCING "PARDON MY FRENCH" PLUS The BROTHERS KIM with EIKO
- 内容
- 内容は1965年1月21日号と同じ。
- 出演情報
- 内容は1965年1月25日号と同じ。
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1965年2月15日号
- 見出
- RALPH PEARL VEGAS DAZE AND NITES (WHISPERS IN THE NITE)
- 抄訳
- Brothers Kimとキュートな日本人のエイコは、「Bei Mir Bist Du Schon(素敵なあなた)」を彼の地のネイティブが歌っているかのように1曲放ったところ、トロピカーナ・ホテルのラウンジのすし詰めの観衆から熱狂的な歓迎を受けていた。
- 出演情報
- 内容は1965年1月25日号と同じ。
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1965年2月16日号
- 出演情報
- 内容は1965年1月25日号と同じ。
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1965年2月18日号
- 見出
- KIMMERS
- 内容
- エキサイティングなショー作品「Pardon My French」が呼び物となっている、新装オープンしたホテル・トロピカーナのTheatre Loungeでは、Brothers Kim with Eikoが毎晩のように音楽や歌を準備している。
- 出演情報
- 内容は1965年1月25日号と同じ。
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1965年2月21日号
- 出演情報
- 内容は1965年1月25日号と同じ。
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1965年2月27日号
- 見出
- INTRODUCING "PARDON MY FRENCH" PLUS The BROTHERS KIM with EIKO
- 内容
- 内容は1965年1月21日号と同じ。
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1965年3月1日号
- 出演情報
- 内容は1965年1月25日号と同じ。
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1965年5月25日号
- 見出
- KIMS AND HER
- 内容
- Brothers Kim with Eikoのショーがホテル・トロピカーナのTheatre Loungeにて、一新された興行でメインを務めるDave Barryのショーに参加する形で、水曜(※翌5月26日)からスタートする。
- 出演情報
- 内容は1965年1月25日号と同じ。
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1965年5月26日号
- 見出
- Dave Barry with singer TOM PETERS, BROTHERS KIM with EIKO, AL DE PAULIS 4
- 内容
- ホテル・トロピカーナのTheatre Loungeでのショーの広告。
※1~2月の出演に引き続き、ラウンジ出演のヘッドライナーとして再登場している。
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1965年5月27日号 (1)
- 見出
- Las Vegas After Dark
- 内容
- 各ホテルショーの出演情報。
TROPICANA: Tropicana Theatre Lounge―Dave Barry with Tom Peters; the Brothers Kim, and Al De Paulis Four
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1965年5月27日号 (2)
- 見出
- OPENS SATURDAY, the KIRBY STONE FOUR with THE ART NARVEZ QUARTET, BROTHERS KIM with EIKO, AL DE PAULIS 4
- 内容
- Tropicana Hotel内にあるTheatre Loungeでのショーの広告。
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1965年5月28日号
- 見出
- Kirby Stone 4 Opening
- 抄訳
- ホテル・トロピカーナのTheatre Loungeでは、夜間には、引き続き出演するKim Brothers with EikoやAl De Paulis 4にKirby Stone Fourが合流することになっている。その間、日中にはプロデューサーのTibor Rudasが6月12日から開幕する3つの演目の稽古をしている。
- 出演情報
- 内容は1965年5月27日号と同じ。
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1965年5月29日号
- 見出
- OPENS TONIGHT, the KIRBY STONE FOUR with THE ART NARVEZ QUARTET, BROTHERS KIM with EIKO, AL DE PAULIS 4
- 内容
- 内容は1965年5月27日号と同じ。
- 出演情報
- 内容は1965年5月27日号と同じ。
※この日からキャストが変わっているが広告は以前のままになっている。
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1965年6月4日号
- 見出
- RALPH PEARL VEGAS DAZE AND NITES
- 抄訳
- Kim Sistersは1966年の春、現在レークタホで稼いでいる兄弟やヴォーカリストのエイコを引き連れて、全国各地を回る大規模なツアーに出発することになっている。
- 見出
- Las Vegas After Dark
- 内容
- 各ホテルショーの出演情報。
TROPICANA: Tropicana Theatre Lounge―Kirby Stone IV; The Brothers Kim with Eiko, and Al De Paulis Four
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1965年6月5日号
- 見出
- the KIRBY STONE FOUR with THE ART NARVEZ QUARTET, BROTHERS KIM with EIKO, AL DE PAULIS 4
- 内容
- 内容は1965年5月27日号と同じ。
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1965年6月6日号
- 出演情報
- 内容は1965年6月4日号と同じ。
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1965年6月23日号
- 見出
- RALPH PEARL VEGAS DAZE AND NITES (PEOPLE, THINGS & STUFF)
- 抄訳
- Brothers KimとEikoは、7月1日から2週間Betty Reilly's Copacabanaに出演するためホノルルへと出発。
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1965年8月3日号
- 見出
- WIND UP
- 内容
- ラスベガスのダウンタウンにあるEl Cortez HotelのV.I.P. Loungeでは、The Modernisiansが5週間の契約を打ち切って公演は明日終了する。後任としてBrothers Kim with Eikoが火曜からスタートする。
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1965年8月28日号
- 見出
- Now Appearing, THE BROTHERS KIM with EIKO, CATHY RYAN & THE GENTS
- 内容
- El Cortez HOTELでのショーの広告。
※THE FANTASTICALLY TALENTED BROTHERS OF THE INTERNATIONALLY FAMOUS KIM SISTERSと紹介されている。また、Sonn To Be Seen On The Hollywood Palace T.V. Showとあり、この後に「The Hollywood Palace」というTV番組への出演があったようだ。WikipediaにはBrothers Kimの出演記録が載っているが、エイコが出演したのかどうかは不明。
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1965年9月4日号
- 見出
- CORTEZ STARS
- 内容
- Brothers Kim with EikoはEl Cortez HotelのV.I.P. Loungeに引き続き出演中。同時に、Watusi Wild OneのMarilyn Wildが見物となっているKing Henry showも上演中。
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1965年9月9日号
- 見出
- Top Nitery
- 内容
- 各ナイトクラブの主な出演者情報。
EL CORTEZ: The Brothers Kim with Eiko
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1965年9月11日号
- 見出
- LONG LIVE THE KING
- 内容
- King Henry ShowはラスベガスのダウンタウンにあるEl Cortez HotelのV.I.P. Loungeを超満員にしている。「That Lovin' Feelin'」の演奏は世界を揺るがすほどの素晴らしさで、最新のワッシ(60年代に流行した踊り)を踊るMarilyn Wildが見物となってTher Brothers Kimと人気を二分している。
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1965年9月13日号
- 出演情報
- 内容は1965年9月9日号と同じ。
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1965年9月18日号
- 出演情報
- 内容は1965年9月9日号と同じ。
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1965年9月20日号
- 出演情報
- 内容は1965年9月9日号と同じ。
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1965年9月26日号
- 出演情報
- 内容は1965年9月9日号と同じ。
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1965年11月2日号
- 見出
- MOON MAN
- 内容
- 月と競争をする(※ヒット曲「Racing with the Moon」から)Vaughn Monroeは、今夜からホテル・トロピカーナに移って彼の楽団と共にBlue Roomで4週間に亘って出演する。彼と共演するのはコメディアンのGene BaylosとThe Smart Set。そのほか、この新しい演目にはThe Brothers Kim with WikoとEddie De Santis Trioが出演。
- 見出
- Vaughn Monroe Sets Trop Debut Tonight
- 抄訳
- (Vaughn Monroeらの)4週間の契約の間、Blue Roomの出演ラインナップに決まっているのはThe Brothers Kim with Eikoと芸達者なThe Eddie De Sanits Trioで、ホテル・トロピカーナの新作に長期出演することになるだろう。
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1965年11月12日号
- 見出
- COMEDY CAPERS
- 内容
- 愛想を振りまくGene Baylos、「誰もが愛するコメディアン」である彼は、ホテル・トロピカーナの「Galaxy '66」にて最高に面白いネタを披露し、Vaughn Monroeと彼のオーケストラやThe Smart Setとの掛け合いを見せている。その他のThe Blue Roomの出演ラインナップはThe Brothers Kim with Eikoと The Eddie De Santis trioとなっている。
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1966年5月25日号
- 見出
- Obituaries(訃報)
- 抄訳
- ROBERT STEVENSON: 1922年11月20日、デトロイト生まれ。(中略)Castawaysでのグループ活動同様、10年にわたってDesert Inn Trioを率いたピアニスト・オルガニスト。Kim BrothersやTokyo Happy Coatsらとも活動しており、Bobby Stevenson and Henri Rose Piano Duoのメンバーだった。また、Local 369(ラスベガスの音楽家のユニオン)のメンバーでもあった。
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1966年7月8日号
- 内容
- RIVIERA HOTELのStarlite Theatreでのショーの広告
- 出演
- SARA VAUGHAN、BROTHERS KIM WITH EIKO、SCOTT SMITH
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1966年7月9日号
- 見出
- RIVIERA GROUP
- 内容
- Brothers Kim with Eikoの4週間にわたるRiviera HotelのStarlite Theatreでのショーが水曜日にスタート。写真左からTai-Son、Young-Ah、Eiko Tanabe、San-Ho。この陽気な4人組はSarah Vaughanがメインのプログラムに毎晩3回出演する。
- 見出
- 'Divine One' Nears Riviera Run
- 抄訳
- Starlite Theatreにミス・ヴォーンと共演しているBrothers Kim with Eiko。このグループは彼らが渡米してくる以前、8年ほど前に韓国で結成された。
歌に踊りにと何をやらせても上手いこの4人組は、ギター・トランペット・ベースからオルガンや韓国の管楽器にいたるまで、実に多くの楽器を演奏する。
また、彼らは「Hollywood Palace」や「Ed Sullivan」など、姉妹にあたるKim Sistersと共演する形で度々テレビに出演している。
※Divine OneやSassyはサラ・ヴォーンの尊称または愛称。
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1966年7月13日号
- 見出
- Pat Collins' Back At Riviera Hotel
- 抄訳
- Starlite Theatreで共演するのはBrothers Kim with EikoとScott Smith Quartet。Collins嬢は4週間の契約で、その後には歌手のVic Damoneが出演する予定だ。
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1975年12月25日号
- 見出
- EIKO SHURI
- 内容
- 何か良いショーはないかと探しているならコレ、一年の最後を飾るにふさわしいお楽しみ、フロンティア・ホテルのWinner's Cirlce Loungeにてベテラン・コメディアンと東洋からやってきたニューフェイスがお届けする二本立て、が間もなく始まろうとしている。「音楽界のビッグ・ウェーブ」とは朱里エイコ嬢に投げかけられる賞賛のひとつにすぎない。というのも、生まれ故郷の日本ではアメリカのポップスをメインにした30以上ものLPがゴールド(※)を獲得しているからだ。彼女と共演するのは、ラスベガスそのものともいうべきBilly Kayで、引き続きの出演。多才なコメディアンである彼は、このステージで今までに見たこともないタイプのお笑い芸を披露している。Billy Kayと朱里エイコは1月7日までWinner's Cirlce Loungeに出演。
※ゴールドディスクとはレコードの売り上げ枚数(国によって異なる)に応じて与えられる賞。日本では10万枚、アメリカでは50万枚になっている。
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1975年12月26日号
- 見出
- KLEIG LIGHTS Your Complete Show and Buffet Guide
- 内容
- 各ホテルのショーとビュッフェの情報
FRONTIER: WINNER'S CIRCLE LOUNGE: Billy Kay, Eiko Shuri
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1976年1月9日号
- 見出
- ALL 'ROUND TOWN
- 内容
- 各ホテルのショーの出演情報
FRONTIER: WINNER'S CIRCLE LOUNGE: Billy Kay, Eiko Shuri
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1976年2月6日号
- 見出
- ALL 'ROUND TOWN
- 内容
- 各ホテルのショーの出演情報
FRONTIER: WINNER'S CIRCLE LOUNGE: Eiko Shuri, Bobby Dotson & Co.
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1976年2月13日号
- 出演情報
- 内容は1976年2月6日号と同じ
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1976年2月20日号
- 出演情報
- 内容は1976年2月6日号と同じ
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1976年3月4日号
- 見出
- Joe Delaney, On & Off the Record
- 抄訳
- 今夜から、Jan Harringtonの後釜として朱里エイコがFlamingoホテルのTrophy Loungeにステージを移している間、Billy Kay & AmyがFrontierホテルのWinner's Circle Loungeを引き継ぐことになった。
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1976年3月5日号
- 見出
- Pert
- 内容
- 陽気なBonnie Grahamは、Flamingo HiltonのTrophy Loungeに出演中の才色兼備なヴォーカリスト。彼女の耳障りが良く温かでよどみのない歌声はラウンジをリラックスした雰囲気で包み込んでいる。Graham嬢は歌姫・朱里エイコと夜9時15分から3時15分までの間に交互に登場する。一方でダイナミックな芸を見せるSmith BrothersのGreggとRamiは、ショーを午後4時からスタートして午後の音楽シーンを盛り上げている。カバーチャージもミニマムオーダーもないラスベガス・ストリップの中でも最も低料金なラウンジで、素晴らしいショーと和やかな雰囲気を。
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1976年3月9日号
- 見出
- Joe Delaney, On & Off the Record
- 抄訳
- Bonnie Grahamと朱里エイコは現在(※時間を変更して)午後7時から午前1時までフラミンゴ・ホテルのTrophy Loungeに出演している。Smith Brothersはその後の1時から午前6時までの出演となっている。
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1976年4月2日号
- 見出
- Songsters
- 内容
- 記事の文章は1976年3月5日号と同じ。
※時間帯が変わって、Bonnie Grahamと朱里エイコは午後7時から午前1時までの出演、Smisth Brothersが深夜から早朝担当になっている。
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1976年4月9日号
- 見出
- In The Flamingo Lounge
- 内容
- Flamingo Hiltonにある温かくて寛ぎやすい雰囲気のTrophy Loungeでは、美しきBonnie Graham(左※)、エキゾチックな朱里エイコ(右※)、エキサイティングな芸を見せるSmith Brothersといった芸達者なミュージシャンらによって日暮れ頃から明け方まで途切れることなくショーが催されている。Trophy Loungeは、リラックスした雰囲気でかつ他にはない素晴らしいショーが目玉で、入れ替えなし(?)でカバーチャージもミニマムオーダーも無いのが特長だ。
※写真の左右が間違っている。
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1976年4月30日号
- 見出
- ALL 'ROUND TOWN
- 内容
- 各ホテルのショーの出演情報
FLAMINGO: TROPHY LOUNGE: Smith Bros., Eiko Shuri, Rich Bono Duo, Bonnie Graham
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1976年5月7日号
- 見出
- Music, Music, Music
- 内容
- Flamingo Hiltonにある和やかなTrophy Loungeでは、午後7時から午前1時までの間はスター歌手のBonnie Graham(左)と朱里エイコ(右)が共演し、それからは午前6時まで芸達者なSmith Brothersがステージを引き継いで、夕方から明け方までショーが続く。Trophy Loungeは入れ替えなし(?)でカバーチャージ・ミニマムオーダーなしの方針が特長。
- 出演情報
- 内容は1976年4月30日号と同じ
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1976年5月14日号 (1)
- 出演情報
- 内容は1976年4月30日号と同じ
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1976年5月14日号 (2)
- 見出
- ALL NIGHT
- 内容
- Flamingo HiltonのTrophy Loungeでは一晩中選り抜きのショーが楽しめる。チャーミングな歌手Bonnie Graham(左)と朱里エイコは夜の部を午後7時にスタート、それから午前1時まで交互に出演する。どのプログラムでもRichi Bono Duoが多彩な音楽でバックを務める。午前1時以降は何をやらせてもうまいSmith Brothers Duo(右)が引き継いで、6時までノンストップでショーを繰り広げる。Trophy Loungeはカバーチャージなしミニマムオーダーなしのいつでも低料金が自慢だ。
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1976年5月21日号
- 見出
- Non-Stop Sounds
- 内容
- Flamingo HiltonにあるTrophy Loungeは一晩中楽しめる娯楽の殿堂だ。朱里エイコとMerlene Garnerは午後7時から午前1時までRich Bono Duoの演奏でスポットライトを分かち合っている。午前1時になるとSmith Brothersがラウンジを引き継いで日の出頃までエネルギッシュにパフォーマンスしている。
- 見出
- ALL 'ROUND TOWN
- 内容
- 各ホテルのショーの出演情報
FLAMINGO: TROPHY LOUNGE: Smith Bros., Eiko Shuri, Rich Bono Duo, Merlene Garner
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Oakland Tribune
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1965年4月29日号
- 内容
- Harrah's Renoでのショーの広告
- 詳細
- Billy Eckstine, Jerry Colonna, Rocky Rockwell, Brothers Kim with Eiko
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1966年2月20日号
- 見出
- BAY, NEVADA CALENDARS
- 内容
- Billy Eckstine, Brothers Kim and Johnny Puleo(Harrah's Tahoe, Stateline Lounge)
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1966年2月27日号
- 見出
- NEVADA CALENDAR...
- 内容
- Billy Eckstine, the Brothers Kim(Harrah's Tahoe, Stateline Lounge)
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1966年3月6日号
- 見出
- BAY, NEVADA CALENDARS
- 内容
- Brothers Kim and the Marv Dennis IV open Thursday(Harrah's Reno)
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1966年3月13日号
- 見出
- Bay Area, Nevada Calendars
- 内容
- Gaylord and Holiday, Brothers Kim and the Marv Dennis IV(Harrah's Reno)
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1970年5月17日号
- 見出
- HERE'S SUMMER SCHEDULE OF RENO-TAHOE SHOWS
- 内容
- Eiko Shuri(NEVADA LODGE, July 21~Aug 9)
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1970年7月26日号
- 見出
- BAY AREA, NEVADA CALENDAR...
- 内容
- Eiko Shuri(NEVADA LODGE)
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1970年8月2日号 (1)
- 見出
- BAY AREA NEVADA CALENDAR
- 内容
- Eiko Shuri(NEVADA LODGE)
出演先のNEVADA LODGEのホテル広告
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1970年8月2日号 (2)
- 見出
- ネバダ州(タホ、リノ、ラスベガス)で行われているショーの紹介
- 内容
- Eiko Shuri(NEVADA LODGE)
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Pacific Stars and Stripes
在日米軍向けの新聞-
1968年5月14日号
- 見出
- Eiko Shuri - A Pixie Determined to Succeed
- 抄訳
6月24日から始まるラテン・クォーターでの大きなショーを控え意欲を燃やす朱里エイコ。
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1968年7月27日号
- 見出
- 'Little Girl Big' - Solid Entertainment
- 抄訳
朱里ダンサーズを従えて朱里エイコが東京ヒルトン(現・ヒルトン東京)のStar Hill Clubで観客を圧倒。
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1972年2月28日号
- 見出
- Back by Popular Request
- 抄訳
米軍関係者に人気の朱里エイコが4月1日にGay 90's Room(赤坂の山王?)のステージに出演。
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1972年7月12日号
- 内容
- ショーの告知
- 詳細
- 8月18日、Gay 90's Roomに出演。
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Press Telegram
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1970年8月21日号
- 内容
- HOP LOUIE'S LATITUDE 20°(Torrance)でのショーの広告
- 詳細
- Sahara Hotel(ラスベガス)で行ったショーのキャストを率いて、トーランスのポリネシアン料理店のディナーショーに出演。
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1970年8月28日号
- 内容
- HOP LOUIE'S LATITUDE 20°でのショーの広告
- 詳細
- 朱里エイコとコメディアンのBenny Masonが出演。
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San Mateo Times
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1965年4月30日号
- 見出
- Jerry Colonna, Eckstine at Harrah's Tahoe
- 抄訳
Harrah's RenoのラウンジにJerry ColonnaとBilly Eckstineといった人気者が出演中。また、Rocky Rockwellや、有名なKim Sistersの兄弟であるThe Brothers Kim with Eikoも出演する。
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1965年5月14日号
- 見出
- Singer Jimmy Dean Opens Monday at Harrah's Tahoe
- 抄訳
Jimmy DeanがHarrah's Tahoeに初登場、女性歌手のMolly Beeと共演する。Harrah's Renoのラウンジでは、Billy Eckstlne、Jerry Colonna、Rocky Rockwell、The Brothers Kim with Eikoらがショーに華を添えている。
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1965年10月15日号
- 見出
- Tony Bennett To Debut At Harrah's Tahoe
- 抄訳
South Shore RoomでTony Bennettが2週間の契約で出演(後略)。Stateline LoungeではHarry Jamesと彼のオーケストラ、The Collins Kids、The Coquettes、the Brothers Kimらが出演。そのほか、リノにあるHarrah'sの出演情報も。
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1965年10月29日号
- 見出
- Lake Tahoe, South Shore Attracts Capacity Crowds
- 抄訳
レイク・タホのHarrah'sではTony Bennettに続いてJack Jonesが2週間の契約で出演(後略)。Stateline LoungeにはSam Butera、the Witnesses、the Collins Kids、the Coquettes、the Brothers Kimが出演。そのほか、リノにあるHarrah'sの出演情報、サウス・レイク・タホにあるRiviera Hotelのイベント情報も。
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1966年7月15日号
- 見出
- Hypnotist Pat Collins, Riviera Hotel's Feature
- 抄訳
催眠術とコメディを織り交ぜて楽しませるPat Collinsが1年ぶりにメインで登場するほか、The Brothers Kim with EikoとScott Smith Quartetが出演。
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1966年9月16日号
- 見出
- BRIGHT LIGHTS Entertainment and Dining by LLOYD JOHNSON
- 抄訳
- Harrah's TahoeのラウンジにはHarry Jameオーケストラ、Billy Eckstine、the Maori Hi-Five、Goldie and the Gingerbreads、the Brothers Kimらが出演。
※Eikoの表記がなくなっていることに注目(7月帰国)
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Santa Cruz Sentinel
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1965年11月1日号
- 見出
- Tropicana Stars Vaughn Monroe
- 抄訳
- そのほか、(Vaughn Monroeらの)4週間の契約の間のBlue Roomの出演ラインナップには、The Brothers Kim with Eikoと芸達者なThe Eddie De Sanits Trio。
※Las Vegas Sun 1965年11月2日号と全く同じ文章。
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1966年10月30日号
- 見出
- He's Back
- 内容
- 11月のリノ――Tommy Leonettiが11月9日までの契約でHarrah's Renoのステージに戻ってくる。ほか、Sarah Vaughn、Judy Lynn、the Brothers Kimが出演。
※この時期になるとEikoの名前が無いのが確認できる。
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Scottsdale Daily Progress
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1976年8月20日号
- 見出
- Local group will back Japanese headliner - Singer, player, arranger takes step forward
- 抄訳
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Harvey TruittがBill Cone(ドラム)とAllan Ginter(ベース)を引き連れて日本で朱里エイコのバックバンドを務める。彼らはジャズとポップスに定評があり、目玉はリーダーであるHarvey Truittの歌とキーボードになっている。今度のツアーへは2人のコーラスを同行する予定だそうだ。
朱里エイコは1972年にデビューし、今までに30ものヒット曲と9枚のアルバムを出している。最近ではワーナーでTower of Powerとシングルのレコーディングをした。Truitt氏によると、彼女はアメリカではまだまだ知名度が低く、ラスベガスでのライブをレコードにしてアメリカで売り出そうとしている。今度のコンサートにはワーナーの重役も日本へ行くことになっている、とのこと。
朱里エイコとの出会いは、6月のカーネギーホール公演でThe Reycardsのバックバンドを務めていたときのこと。彼にとって今回の経験は特に目新しいものではないが、海外でのツアーに参加することで確実に一歩前進できるだろうという。(後略)
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1977年7月8日号
- 見出
- From Disneyland to Las Vegas - Or how a singing tot grows into a Japanese recording star and entertains the 'uninhibiteds' in Glitter Gulch.
- 抄訳
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(一部抜粋) Harvey Truittは学校を卒業した後1年半ディズニーランドでアレンジャーやスーパーバイザーとして働いた。その後エージェントの勧めでフィリピン人のコメディアンThe Reycardsと手を組んで編曲やバンドの指揮を執った。彼らとはハワイツアーやカーネギーホールへの出演を果たしている。
最近では日本の人気レコード歌手である朱里エイコに出会った。彼女はすぐに動けるアレンジャーを必要としていて、彼がちょうど適任だったというわけだ。彼はとても気に入られ、日本でのコンサートツアーへ同行するよう依頼された。彼はバンドを結成して日本に2ヶ月間滞在。その間にアルバムのレコーディングをし、朱里エイコのために歌を2つ書いた。このおかげで、5つのシングル発売と今年後半の日本でのツアーの契約を取ることになった。
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1977年9月2日号
- 内容
- Harvey Truittのショーのスケジュール
- 抄訳
Harvey TruittとそのグループはリノのEldorado Hotelに出演中。その後はラスベガスのAladdin Hotel、11月にはSahara Tahoeに出演。Harvey Truitt自身は、レイバー・デイのある週末にJerry Lewis Telethonに出演する予定で、現在は朱里エイコのためにポールアンカの作品を4曲アレンジしている。
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The Straits Times
シンガポールの新聞-
1970年12月5日号
- 見出
- Just the thing to take your mind off the show
- 抄訳
トロピカーナ・ホテルではクリスマスのスペシャルショーとして「Tokyo Holiday '71」というレビューを上演。(中略)日本人歌手である朱里エイコは、スペシャルショーというわりにどこにもスペシャルなところがないという失望感を補って余るほどセンセーショナルであった。彼女は日本のナンバーワン歌手と紹介されたが、事実その予告通り見事にやってのけた唯一の歌手で、若干22歳ながら自分自身でアメリカでのナイトクラブ契約を結んでしまうほどの歌手である。
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1982年9月5日号
- 見出
- Japanese help to improve cultural shows urged
- 抄訳
日本文化交流フェスティバルの開催に伴って、イベント活性化のために世界的に活躍する日本人アーティストを呼んでいる。昨夜のショーに、日本からは小坂恭子と朱里エイコが出演した。
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1982年9月12日号
尾崎紀世彦が長髪を理由に入国許可を取り消された一方、朱里エイコにはトラブルもなくショーを開催する。彼女は日本のライザ・ミネリと呼ばれ、東京音楽祭ではゴールデン・スター賞を獲得し、ポールアンカ作曲の「ジョーのダイヤモンド」は作曲賞に輝いた。
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1982年9月13日号 (1)
- 見出
- Heartfelt songs
- 抄訳
第12回日本文化交流フェスティバルに小坂恭子と朱里エイコが出演。障がいを持つ人や恵まれない人の幸せを願って歌った。
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1982年9月13日号 (2)
- 内容
- Love comes with a song
- 抄訳
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小坂恭子と朱里エイコが恵まれない人たちのために歌った。第12回日本文化交流フェスティバルのためにやってきたのだが、その後2日間チェシャーホームや赤十字や救世軍を訪問。そこで過ごす人たちを喜ばせていた。(中略)
朱里エイコは3年前に罹った疾患のために人生観が変わったという。「それまではスターになって、裕福になって……と思っていました。ところが喉を痛めたことで、医者からそれまでのようには歌えなくなるだろうと告げられたんです。私にとっては声が全てだったのに、それを失ってしまうということにずいぶん悩みました。でも今は考え方が変わりました。歌で世界中の人に幸せを与えたい。そして障がいを持った人や恵まれない人たちのために少しでも役に立てればと思っています。喉を痛めたことがそれを気づかせてくれて、今は歌えることに感謝しています。」という彼女はアメリカのマスコミに"ライザ・ミネリ"のようだと評されたほどの歌手。幸運なことに声は回復し以前より高い声が出るようになった。
朱里エイコは1960年代にアメリカでデビュー、1972年にリリースしたシングル「北国行きで」は最大のヒット曲となった。1977年にはポールアンカが「ジョーのダイヤモンド」を提供、1978年の東京音楽祭ではゴールデンスター賞と作曲賞を受賞した。今は日本で歌う事に集中しているとのこと。
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Tucson Daily Citizen
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1965年4月3日号
- 見出
- What To See And Do Next Week (NIGHTCLUBS)
- 内容
- Ross Smitherman's Spanish Trail(アリゾナ州ツーソンにあるレストラン・ラウンジ併設のモーテルに)ではThe Glorious Greeksが水曜日まで、木曜日からはthe Brothers Kim With Eikoが出演。ショーは毎晩8時、10時、12時から。
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1965年4月7日号
- 内容
- SPANISH TRAILでのショーの広告
- 詳細
- The 9 GLORIOUS GREEKSは今夜限り。9時のショーにはThe Los ELEGANTESのアトラクションあり。明晩からThe BROTHERS KIM & EIKOが出演。
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1965年4月8日号
- 内容
- SPANISH TRAILでのショーの広告
- 詳細
- 今晩から開演。THE BROTHERS KIMとEIKOがラスベガスのトロピカーナホテルからそのままのキャストで出演。ショーは毎晩8時、10時、12時。
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1965年4月10日号
- 見出
- What To See And Do Next Week (NIGHTCLUBS)
- 内容
- SPANISH TRAILにBrothers Kim With Eikoが出演。ショーは毎晩8時、10時、0時。
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1965年4月12日号
ただ今出演中!内容は1965年4月8日号と同じ。
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1965年4月14日号
ただ今出演中!内容は1965年4月8日号と同じ。
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1965年4月17日号 (1)
- 見出
- What To See And Do Next Week (NIGHTCLUBS)
- 内容
- SPANISH TRAILでは月曜から10日間The Jetsのバラエティーショーを開催。the Brothers Kim with Eikoは月曜から土曜日まで続演。毎晩7時に開演、6時間ものお楽しみ。
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1965年4月17日号 (2)
今夜まで。内容は1965年4月14日号と同じ。
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1965年4月19日号
- 内容
- SPANISH TRAILでのショーの広告
- 抄訳
- 今夜からスタート、土曜日まで。ツーソンのエンターテインメントの歴史で初めて!ラスベガスから2組のヘッドライナーが出演。フロアショーは6時間ぶっ続け。
先週に引き続きBROTHERS KIM with EIKOが特別出演。ラスベガスのトロピカーナホテルの舞台からやってきた日本人グループは7時、9時、11時に出演。ツーソンでこれほどすごいスター揃いのショーは他にありません。(※KIM BROTHERSは韓国出身)
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1965年4月20日号
ただ今出演中、土曜日まで。内容は1965年4月19日号と同じ。
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1965年4月21日号
1965年4月20日号と同じ。
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1965年4月22日号
1965年4月20日号と同じ。
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1965年4月24日号
今日が最終日。内容は1965年4月20日号と同じ。
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1966年3月26日号
- 見出
- What To See And Do Next Week (NIGHTCLUBS)
- 抄訳
- SPANISH TRAIL: コメディと音楽で楽しませる、現在出演中のThe Partnersは木曜まで。2度目の再演(※3度目の出演)となるThe Brothers Kim and Eikoは金曜からスタート。8時、9時半、10時45分、12時の毎晩4ステージ。
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1966年3月31日号
- 内容
- SPANISH TRAILでのショーの広告
- 抄訳
- 金曜からスタート。今週の土曜、(4ステージ中の)1ステージにThe KIM SISTERSが出演。
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1966年5月26日号 (1)
- 見出
- The Boys From Korea
- 意訳
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The Brothers Kim and Eikoが二度目の再契約を済ませ、この金曜日にスパニッシュトレイルへやってくる。彼らはあのKim Sistersの兄弟で、姉たちの成功をきっかけに渡米。現在は姉たちから音楽を教わっており、一人前になるまで結婚することも許されていない。この一家は朝鮮戦争の時に米軍に助けられ、1958年には3人の少女がアメリカに連れて来られ、ラスベガスでデビューした。キム一家の人気は、アメリカが恵まれない国の人達にとって夢の国であるということの一例である。
ショーは毎晩4ステージ。8時、9時30分、10時45分、0時から。
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1966年5月26日号 (2)
- 見出
- What To See And Do Next Week (NIGHTCLUBS)
- 内容
- Spanish Trailでは現在コメディと音楽で楽しませるThe Partnersが出演中。木曜日まで。金曜日にはThe Brothers Kim and Eikoのステージが開幕。ショーは毎晩4ステージ。8時、9時30分、10時45分、0時から。
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1966年5月31日号
- 内容
- SPANISH TRAILでのショーの広告
- 抄訳
- 金曜日からスタート。毎晩3ステージ、8時、10時、11時45分開演。今週土曜のショーのどれかにKIM SISTERSが登場します。
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Van Nuys Valley News
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1964年12月4日号
- 見出
- LAS VEGAS FLASHES
- 抄訳
- 夜にはStardustで素晴らしい演し物を見せて観客を沸かせる姉妹たち、昼には12月末に開幕するリノのGoldenに向けて稽古中の兄弟たち、そんなThe Kim Sistersと若くて才能に溢れたBrothers Kimが珍しく一つ屋根の下に揃う。
※12月25日からEikoのラスベガス・デビューとなるEl Cortezに出演しているが、Renoでのステージは中止になったのか直前まで出ていたのかは不明。
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1965年2月19日号
- 見出
- LAS VEGAS FLASHES
- 抄訳
- 100万ドルを優に超える制作費を費した(毎年恒例になっている心臓病支援基金のためのチャリティー)ショーには、Gordon & Sheila MacRae、Alan & King、Davis & Reese、Ray Anthony、Dale Robertson、Buddy Greco、Freddie Bell & Roberta Linn、Donald O'Connor、Johnny Prophet、Benny Baker、Inga Neilsen、Victor Rogers、Sue Carson、Esquivel、Wild Bill & Dolly Elliott、Brothers Kimなどの名だたるエンターテイナーはもちろん、その他ラスベガス・ストリップ沿いのホテル、ダウンタウンのカジノ、地元のビストロからも大挙して出演。そしてお目見えするだけでなくTVカメラの前で実際にステージそのままのショーを上演する。
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1965年5月13日号
- 見出
- Plan Benefit Show Tonight
- 内容
- バーバンクの姉妹都市委員会は住民に対し、今夜8時からLindy Opera Houseで始まるKorean Community Centerを支援する慈善公演への参加を呼びかけている。
委員長のBertram Hagg氏によると、バーバンクと韓国・仁川の姉妹都市提携を理由に、委員会のメンバーも有名なKim Sistersとその兄弟であるKim Brothersによる特別公演への関心を示唆した内容のメッセージが高名なKwang Soo Ahnロサンゼルス韓国総領事から届いているとのこと。
Ahn総領事は韓国人リリック・テナーのWalter LeeやKimchee catsも目玉で、この公演の売上げはすべてKorean Community Centerに寄付されると言う。5ドル、3ドル、2ドルのチケットが韓国総領事館または現地の窓口、各プレイガイドで購入できる。
※時期的に当然Eikoも参加していると推測される。
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1965年11月2日号
- 見出
- LAS VEGAS FLASHES
- 内容
- Hotel TropicanaにあるBlue Roomの来月のラインナップ。(Gene Baylos、the Smart Set、Brothers Kim and Eiko)
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1970年2月27日号 (1)
- 見出
- Mercer's Group Comes to Valley Spot
- 抄訳
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Jerry Mercer and the Mercenariesが朱里エイコを歌手に迎えて、引き続きRuddy Duckのステージに出演。
新しいメンバー構成は、リーダーであるJerry Mercer(サックス・上段左)に加え、Tommy Andrews(ドラム・下段左)、Bobby Andrews(ベース・下段右)、John Bury(ピアノ・オルガン・上段右)。
Jerry Mercerはニューヨークやラスベガスなどのクラブや、TVではエド・サリバン・ショーやマイク・ダグラス・ショーなどに出演。エイコは毎週月曜から土曜まで出演する。
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1970年2月27日号 (2)
- 内容
- Ruddy Duckでのショーの広告
- 詳細
- HERB JEFFRIES and His "Relations"が今週末まで。3月3日からJERRY MERCER & the Mercenariesがオープン。
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1970年3月13日号 (1)
Acts in Review - MERCENARIES AT RUDDY DUCK
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1970年3月13日号 (2)
- 出演情報
- Sherman OaksにあるRUDDY DUCKにJERRY MERCER & THE MERCENARIESが出演。
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1970年3月27日号
1970年3月13日号の出演情報に同じ。
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1970年4月3日号
1970年3月13日号の出演情報に同じ。
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1970年4月10日号
1970年3月13日号の出演情報に同じ。
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1970年8月14日号 (1)
- 見出
- PERKY PIXIE
- 内容
- 朱里エイコがラスベガスのサハラ・ホテルに出演したキャストを引き連れてトーランスにあるHop Louie's Latitude 20にやってくる。
- 内容
- Latitude 20でのショーの広告
- 詳細
- 8月18日の火曜日オープン。The Reycardsは今週末まで。毎晩9時から3ステージ。
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1970年8月14日号 (2)
- 出演情報
- TorranceにあるLatitude 20にEIKO SHURIが出演。
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1970年8月21日号 (1)
- 見出
- Acts in Review - EIKO SHURI AT LATITUDE 20
- 抄訳
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日本からやってきた朱里エイコは、声、アクション、身のこなし、パワー、そして個性といった優れた歌手の条件を全て備えている。そんなエイコは最近ラスベガスの有名ホテルでのショーを成功させ、今度は3週間の日程でトーランスのHop Louie's Latitude 20に出演、火曜日にオープンする。
まだ20歳そこそこのエイコだが、多才かつ聴衆とのコミュニケーション方法をよく知っていて、ベテラン歌手のように堂々と歌う。エイコのレパートリーは最近のヒット曲からオールディーズまでと幅広く、特に「Working on a Groovy Thing」などは完璧に歌いこなす曲の一つ。日本の曲をいくつか織り交ぜているが、日本語で歌う「Love Is Sad(詳細不明)」などは特にお楽しみの一つになっている。
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1970年8月21日号 (2)
1970年8月14日号の出演情報に同じ。
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1970年8月21日号 (3)
1970年8月14日号のショーの広告に同じ
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1970年8月28日号
1970年8月14日号の出演情報に同じ。
1970年8月14日号のショーの広告に同じ
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Variety (Daily)
※未読につき、検索にヒットしたワード周辺のセンテンスを掲載します。-
1965年6月7日号
Brothers Kim and Eiko, now featured in Troplcana lounge
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1965年6月8日号
Brothers and Eiko into the Copa for five weeks
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1965年9月30日号
TV show will be Peter Gennaro, Kim Sisters, Brothers Kim and Eiko & Irwin Corey.
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1970年8月20日号
LATITUDE 20 Eiko Shuri
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1970年9月25日号
singers Jimmy Borges and Eiko
※未確定 -
1975年7月29日号
Shoshu Soka Gakkai Academy, an international Buddhist group. Linda Yamamoto, Eiko Shuri, Izumi Yukimura, Osami lino and Hideo Murata
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1976年2月11日号
NEW ACT REVIEW Eiko Shuri (Frontier; songs, 40min.) Las Vegas. Feb. 10
Eiko Shuri, who manages to overcome the obvious push and trappings with a potent clear delivery of w.k. pops. She comes on with fan and mincing geisha gestures -
1976年3月8日号
Eiko Shuri romps up-Strip from recent Frontier Winner's Circle
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Variety (Weekly)
※未読につき、検索にヒットしたワード周辺のセンテンスを掲載します。-
1965年2月17日号
Brothers Kim and songstress Eiko, held over in Tropicana lounge, have been signed for April 29 Harrah's date
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1965年4月14日号
BROTHERS KIM WITH EIKO Spanish Trail
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1965年6月2日号
Brothers Kim, Eiko
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1965年6月9日号
Brothers Kim, Eiko
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1965年8月18日号
EL CORTEZ-Eiko, Bros. Kim
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1965年11月17日号
Brothers Kim, Eiko
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1965年11月24日号
Brothers Kim, Eiko
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1965年12月1日号
Brothers Kim, Eiko
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1965年12月8日号
Brothers Kim, Eiko
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1966年6月1日号
Brothers Kim, Eiko Tanabe
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1966年6月8日号
Brothers Kim, Eiko Tanabe
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1966年6月15日号
Brothers Kim, Eiko Tanabe
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1966年6月22日号
Brothers Kim, Eiko Tanabe
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1966年6月29日号
Brothers Kim, Eiko Tanabe
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1966年7月6日号
Brothers Kim, Eiko Tanabe
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1970年8月5日号
NEVADA LODGE-Eiko Shuri
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1970年8月19日号
LATITUDE 20-Eiko Shuri Revue
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1970年8月26日号
LATITUDE 20-Eiko Shuri Revue
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1970年9月2日号
Latitude 20, L.A. Eiko Shuri Show, Cooper & Co. Eiko Shuri is cute
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1975年4月23日号
New Orleans Eiko Shuri
She's Eiko Shuri, a Japanese recording star making her first stop on an American tour -
1975年5月14日号
Warner-Pioneer: Founded in 1970 with joint financing from Warner Bros, and Watanabe Production Pioneer Co. Shin Watanabe assumed the presidency in 1972. Now has total sales of eight billion yen a year for its disks and tapes. Japanese artists under exclusive contract to the label are Rumiko Koyanagi, Agnes Chan, Eiko Shuri, Akiko Kosaka, Miyoko Ai, Hiromi Kurita, Anonenone, Aiko Itoh, Grape Friends and Nami Shirakawa.
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1975年7月9日号
Japanese songstress Eiko Shuri
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1976年2月18日号
EIKO SHURI Frontier, Las Vegas Songs
Eiko Shuri, who manages to overcome the obvious push and trappings with a potent clear delivery of w. k. pops. She comes on with fan and mincing Geisha gestures -
1977年5月4日号
It also has hopes for Eiko Shuri
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1979年1月24日号
Eiko Shuri fully recovered from an automobile
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Walla Walla Union Bulletin
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1966年9月7日号
- 見出
- ワシントン州ワラワラにあるB.P.O. ELKS No.287でのショーの広告
- 抄訳
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歌って、14種類もの楽器を演奏して、あのKim Sisters同様人気急上昇中。「エド・サリバン・ショー」や「ハリウッド・パレス」に出ていた彼らに会いに行こう!
毎晩9:30と0:00の2ステージ。9/6(火)から9/10まで。
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